それはワタクシが日本語学校で専任教員として働いていた頃。
午前の授業が終わり、昼食の時間も終わり、教員室では先生方がそれぞれ採点業務や次回の授業準備などをしている時間。
非常勤のN山先生がいつもならもう帰宅しているような時間に教員室にいらっしゃるので、ワタクシの脇にいたベテラン教員が
「N山先生、今日はどうされたんですか」と尋ねた。
N山先生は
「(学生の)Cさんと約束したんです……。2時に教員室に来て、一緒に勉強するって……」
それを聞いたベテラン教員は
「N先生。N先生は今日」
ここでベテラン教員は言葉に力を込めました。
「『人間不信』というものを体験なさいます」
そう。学生が授業後、教室を離れた後でまた学校に戻って来て、先生と一緒に教員室で勉強するなどという約束をまず守ることはない、とベテラン教員はお見通しだったのです。
そして、その言葉通り、学生が現れることはなく、N山先生は寂しそうに帰って行かれました。
すごく忘れ難い一場面でありました。
ワタクシも日本語学校の教員は通算で25年ほどやりましたので、同様に学生に嘘をつかれたことは数限りなくあります。
「バイトの許可を特別にくれ。くれたら今よりもっと学習に熱心に取り組むと約束する。」
経済的に困っている学生だからと、その学生のために頑張ってバイトの許可を上に掛け合って取りました……。許可を得た学生は「よし来た!稼ぐぞ」と宿題もやらないことが逆に増え……。
他にも小さい嘘はいっぱいありました。
で、ワタクシはそういった体験を繰り返すうち……。
自分の子供も信じられなくなっています。
そう。
ワタクシも「人間不信」という病にかかっています。
昨日も統合失調症の次男をデイケアの施設の近くまで送り、「ここからは自分で行きや」と別れた後もこっそり後をつけ、施設内に入ってからも「出てくるんじゃないか」と遠くで見張っていました。
彼が「ユニクロで服を買ってきた」と言っていてもレシート見るまでは信じられない気持ちがあります。万引きしてきたのじゃないかとか疑うのです(実際過去にそういうこともあったので……)。
日本語教師(の専任)をするまでの自分は、こんなじゃなかった。
留学ビザ生のアルバイト時間は1週間に28時間までと言う法的な制限があります。
これをしっかり守れる学生は留学資金が潤沢にある学生だけです。
これに関し、嘘をついている学生は昔も今も少なくないのではないでしょうか?
そして、28時間以上働いても学校も休まず宿題もきっちりやっているなら、まあよいのですが。
学校を休みがちになり、宿題は学校に来て友人のを写して終わり、みたいな学生の何と多かったことか……。
まあよいです。
ワタクシは今や教職にはついていませんし、しゃかりきに働いてもいません。
留学生だって別に嘘をつきたくてついているのではなく「貧困」というものがそうさせるのだと理解はしています。
でも、でもですね。
それが入管で亡くなったウィシュマさんの事件につながっているかもしれない、という思いがワタクシにはあります。
教師も人間ですので、嘘にさらされ続けていれば学生が口で言うことや誓いの言葉は信じられなくなります。
ワタクシのように人間がゆがんでしまうということも起こります。
世論的には入管の職員が非人道的だというふうに映っているでしょう。
そう。そうですね。確かに。
それまで何度騙されていたとしても、本当に体調の悪い目の前の一人の人を医療につなげなかったことは非難されてもしかたがありません。
けれど、けれどです。
人とは傷つきやすいものだ、ということを認識し、気軽に嘘をつく行為は慎んでもらいたいと思います。
立場によっては多くの人からの嘘を浴び続け、常に嘘を疑う思考の偏りが生まれてしまうこともあるということをちょっと書いてみました。
仔羊おばさん