いや、別に成果主義でなくても長時間労働ですよね。何やってもって話です。
そもそも成果で人を評価しようと思ったら、同じ時間、同じ条件のもとで一斉によーい、どん!でついた差をその人の能力として計れば公平な競争となります。
例えば、8時間で何個の良品を生産できたか によって評価がされるとします。
その際、私がこれまでいた職場では、次のようなことが起こっていました。
そもそも、8時間で生産できる個数を割り当てられているのではなく、8時間以上働かないと生産できない個数を割り当てられている。
…それはさておき、1日8時間で生産できる個数が他の社員に負けていた場合、9時間10時間やれば追い越せるので、そういうフライングをみんな選択するのです。
そして、上司にしてみればただでどんどんやってくれるわけだから、止めるわけないですよ。
私がこれまで働いた職場で、残業代を払っていたのはたった1社でしたから(30年以上働いてきてこれですからねえ)、一体どれほどの会社がそれで得してることでしょうか。
まだ残業代を払うというなら、残業の抑止力にもなるんでしょうが、「うちは残業はありません」と言っているのは、「残業がない」んじゃなくて「残業代は出さない」という意味ですからね。
そこで、ワーママはじめ介護をしているとか病気を抱えているとか、時間に制約のある社員は、長時間働く人より成果があがらないということになり、結果評価が低くなります。
こういう社員の立場に立てば、評価の基準となる労働時間を平等に設定してもらわないと困ります。
でも、一歩会社を出てみれば、スポーツの世界でもそれなりの練習を積んだやつが、学生だったら人より頑張ったやつが、いい目をみるのは当然のことなんです。
そう考えたら、一概に文句も言えないのかもしれません。
ともかく、成果主義は長時間労働を生みます。ってか、何主義でも長時間労働化します。