いやもうほんま、究極の命題じゃないですか?
仕事って何のためにって、そりゃ、生活のためにするんだと思うんです。
「自己実現のため」に働いている方は、そりゃあそりゃあ幸運ですよね。
ワタクシ自身は、今の仕事は自己実現は可能だけど、それで成績を上げたり、よそ様よりすごい成績をあげたりと、そういうことを要求されたら、それは大変な苦痛に変わってしまいます。
教育の世界にも「成果主義」が入ってきてて、学生の成績をどんだけ伸ばしたかとか、合格何人出したかとかが教師に要求される。
成果主義はよい面もあって、教師がサボらないでがんばるから、その点はいいんだと思う。
一方でよくないのは、そんな風に教師に要求し、ある面では追い詰めることで、最終的には、いわゆる「できない学生」の居場所がなくなりがちだということ。
先生だって自分の受け持ちクラスの学生の成績がすなわち自分の成績になって、それで給料もボーナスも決められる、となると、中には「できない学生いなかったら…」って考えるようになる。
もちろん、教師の側も「学生のやる気を引き出す」技術とか、ちょっとしたコツとかあるから、「努力しろよ、お前教育のプロだろ?」と言ってしまえばそれまでなんですけど。
そう考えると、子供たちの世界で起きているいじめや暴力の問題も、意外と教師にふりかかってる多くの負担の結果の表れなのかもしれない。
さて、で、嫌な職場でも我慢するのか?
転職するのか?
大問題です!
なぜなら、次の職場に行っても、きっと「嫌なこと」はあるだろうから…
また続きを今後考えますね。
仔羊おばさん