今週のお題「おかあさん」
もともと、私が「結婚しても子供を産んでも仕事を続けよう」と思ったのは、母を見てきたからだ。
母は専業主婦。結構横暴な亭主関白の父に苦労させられてきた。
偉そうにものを言われ、「命令形」でものを言われていた。気の強い母だったけど、泣いてることも多かった。
経済的な支えのない妻の立場の弱さを、私はそばで見て育った。それで、大きくなったら、私は仕事をするぞ。結婚しても出産しても仕事を続けるぞ。と心に誓って私は大きくなった。
そして、結婚して、出産して、私は仕事を続けた。
子供を育てながら仕事を続けて、たぶん私が一番しんどかったことは「モデルの不在」だ。
家庭と仕事の両立は、もちろんとてもしんどかった。
朝、子供を保育園に連れて行って、仕事に行って、仕事が終わったら、いや終わっていなくても子供を保育園に時間通りに迎えにいかないといけないから、ともかく仕事を定時に終われるようにすっごくがんばらないといけない。
家に帰ったら、晩御飯の用意、子供に食べさせてお風呂に入れて…ともかく無事に、事故なく、子供が育つように細心の注意を払う。
小学校に上がったら、宿題をちゃんとするとか、忘れ物をしないように注意したりとか。
だけど、私が一番しんどかったのは、そうやって頑張っていても、なんか罪悪感が自分の中にあった。私の心の中の「母親像」は、まさしく私自身の母。
専業主婦で、子供が帰って来る時間には必ず家にいる。とにかくどんな時も子供を中心に、子供のために食事を作ってくれるし、何でも相談に乗ってくれる。
反抗期には、反抗を受け止めてくれる。
父親と喧嘩した時には間に立ってくれる。
でも、私自身はというと、仕事のためにいつも急いでいて、母親としてどうも自分に満足できない。
私には、仕事を続けている母親像というものがなかったから、いつも「あーもう、こんなことなら仕事を辞めてしまおうか」「いい母親になれてないんじゃないか」「母親失格なんじゃないか」という思いがあった。
仕事を頑張ってたことの結果として、もしかしたら経済的には不安なくきたのかもしれない。でも、他のお母さんが子供とハワイや、オーストラリアやアメリカのディズニーワールドに行ったりするのを見てると、自分は飛行機のチケットが安いオフシーズンには休みがとれなくて、結局、どこにも行けてなかった。とすると、もはや何のために働いてるんだか、よくわからなくなったりもした。
ワーキングマザーって一言にいうけど…
それって、そんなに人が言うほど胸が張れるものじゃないって…
仕事を続けててよかったのかな。
それとも…
いつか子供に聞いてみたい。
仔羊