50~60代女性の転職 from55life

長年のワーキングマザー経験から綴る今

私は息を吸って吐いていただけ

その日。

リハビリテーション病院でリハビリのための入院をして、立ったり座ったり歩いたりの訓練をしている母(89歳)の退院日の相談のため、我が家の兄弟、ケアマネさん、入居施設の担当の方とで、リハビリの進み具合の報告兼ねて、病院で説明(?報告?)会がありました。

ワタクシの家からその病院まで2時間近くかかります。

余裕をもって家を出たけど、途中でスマホを忘れたことに気づき、家に戻ってたら10分くらいの遅刻をしてしまいました。

猫 遅刻 に対する画像結果

で、それでもまあまあ間に合って、リハビリ病院の報告、そして退院日の決定……幸いにも母は頭はまだはっきりしているので、母の意見も聞きつつ、話は進んでいきました。

 

その後、病院内でケアマネさんから今後の部屋の設定だとか(つかまり立ちするときのポールとかの設置)、訪問看護などの利用だとかについて説明&契約書類にサイン、というのがありました。

これが1時間強かかったので、結構大変でした。説明を伺って、退院後の母の部屋の中の移動をどうするかとか、費用関連の話とか、聞くだけで意外に疲れました。

はー年とるのも大変だな、母は心臓がよくなくて話をしてもすぐ息がぜーぜーなる状態なのに、それでも話を聞いたりサインをしたりしないといけない……。

骨折前は要支援2だったのに、骨折して要介護2になっちゃった💦

結構な長時間退院後の入居施設の部屋のことだとか訪問介護や訪問医療についてとか、介護の内容とか相談して、最後に母は契約書にサイン。

少々疲れたけど、心臓の悪い母はもっと疲れただろうな。

母の面倒は妹が一番見ている。洗濯はこれまで母が自分でやってたけど、補助が必要な時は妹がやってくれていた。

次に面倒をみている人は弟。

最後がワタクシ。

そんなわけで、いてもいなくてもいいようなワタクシです。頼んない長女である。また、家も遠いので、話が終わった時点でワタクシは先に帰宅することにしました。

 

その日。

夫は山登りに行ってたんですね。

で、帰りのバス・電車の中でスマホを見たら、夫はその日登る途中でバランスを崩し、背中を(立ってた?)木にひどくぶつけた、という。

で、帰宅はいつもより3時間くらい遅くなる、と。

いやーよっぽど打ち付けたのが痛かったのかなー。

と、思いながら電車に乗ってました。

でも、自分も今日中に皮膚科にいかないといけないし、整形外科で首の牽引もしてもらわないとしんどくてしかたないから、自分は自分の病院を目指しました。

母の病院から自分の病院まで2時間以上かかりました。

で、病院で待ってる時に夫から、痛いから整形外科の病院に行く、とLINEが。

なるほどねーしんどかったのねーじゃあ、私は帰ったら晩御飯の準備せんといかんなー

とか考えてました。

そんなこんな。

で、帰宅したら超大忙しですがな。

統合失調症の次男と協力して晩御飯です。

なんやかんやばたばた。

そーこーするうちに、再び夫からLINE。

 

肋骨4本骨折

 

えーっ!

( ゚Д゚)

 

呼吸は大丈夫、云々(うんぬん)……。

 

その日のうちに入院(いつものいきつけの大病院が受け入れてくれました。夫は難病患者なのです。で、そこに通っておりまして。これまた病気でHappy💛 なーんて言ってる場合じゃねえ!)

そこも当初は受け入れは無理と断られたようですが、診てくれたお医者さんも病院を説得してくれて、入院の話がまとまったとか。

夫は家に帰ってくるという。

で、帰ってきたら、すぐに病院に直行。もう一歩も歩くのは辛いということで、入院先の病院へはタクシーで向かいました。

久々に「GO」アプリ使いました。


もちろんワタクシも一緒です。

次男も一緒に来たがってましたが、こんな緊急事態に次男の相手はしてられないから、くちゃくちゃ言ってる彼は一喝して(笑)、振り切りました。

病院に着いて、救急に行き、即入院ということになりましたが、入院の理由は骨折じゃなくて

気胸

でした。

なーるほど。と、思った方はきっと、経験者か医療関係に詳しい方ですね。

ワタクシは詳しくないので、「へええええ」と驚きました。

「骨折で入院」じゃないの? 4本も折れてるのに?

骨折が影響して、肺に穴が開いて呼吸に影響が出る、という状態で、そっちのほうが深刻だったわけです。

それで、骨折については自然治癒でいくんだけど、気胸についてはすぐに処置が必要、それで入院、ということでした。

 

救急に着くとすぐ、夫は治療を開始でしたけど、ワタクシは待合で長い間待っていました。

1時間くらい待ったのかなあ。

( ̄ー ̄)

待った後、いろんな書類の説明や書類の記入やら所定の場所(廊下の一角でピンポイントの照明はあったものの、夜ですごく暗かったなあ)ですると、もう夜の10時くらいで、かなりしんどくなってきました。

最後、夫の様子を見させてくれて、ちょっと話もしてから帰りましたが、病院を出たのはもう夜11時を回っていました。

 

いつもやったらもう寝てる時間。

 

どう言いますか。

私はただその一日、息を吸って吐いていただけです。

なんだけど、なんか「事件は起こる」なのです。

おそらくは、

これが人生。

幸い、夫はまだ若いほうだったし、回復も順調で1週間ほどで退院しました。

 

仔羊おばさん