正式には、
国際科学技術博覧会
というそうです。
1985年に、つくばで行われた国際博覧会がありました。
ワタクシは、これにも行っています。
SONYジャンボトロン
という、でっかいモニターがありました。

今は当たり前の大きいモニターも、今思い出せば当時はまだまだ「これからの技術」だったのだな。
ワタクシは当時、大学卒業して、就職して1-2年の新米社員。
隔世の感があるんだけど、ワタクシは同じ配属先の1コ上の先輩社員(女性だよー)と一緒に、東京にできたディズニーランドと抱き合わせで、このつくば万博にも行ったの。
( ̄▽ ̄)
なんか今はねえ。
職場の方と一緒に食事に行くとかのみに行くとか、休みの日に遊びに行くとか、そういうのって「嫌」じゃない?
今はワタクシだって嫌ですねえ。
でも、当時はワタクシ、そんな気持ちになったことはなかったし、むしろ楽しい思い出として刻まれています。
みんなで一緒に仕事のあと飲みに行ったし、課長がスキー好きで、これまたみんなでスキーに行ったし(休みの日にね)、社員の中に別荘持ってる人がいて、その別荘(といっても「民家」って感じの「家」だったんだけど)に同じ配属の人全員で(たぶん30人くらい)泊りに行ったりもしました。ちょうど阪神タイガースが活躍してた時期で、優勝するかしないかの展開で、みんなで大騒ぎして楽しかった記憶がある。
でもどれも嫌な記憶はないんだよね。
むしろ楽しかった記憶なの。

だから、あの頃は、マジで「会社は家族」だったんだろうな。
で、つくば博にも先輩社員と行ったの。
で、実際、つくば博については「インドネシア」以外は一切記憶に残っていないな。
特に何かに並んだ記憶もないし。
インドネシアは、インドネシアを紹介するフィルムだけの展示だったんだけど、その作品がものすごく秀逸で、記憶に残っています。
何の変哲もない、まあいやただの15分くらいの「ショートフィルム」だったんだけど。
その作品で初めて

なるものを知りました。
ワタクシは好きだなあーーーー。
その音楽に合わせて作られたフィルムがいやーまー完成度が高くて、よかったです!
万博についてはその程度です。
で、当時ワタクシの勤め先は花の東京の、それも渋谷に支店があって、一緒に行ってた先輩が「同期が渋谷店におる」とのことで私たちは渋谷店にサプライズ訪問いたしました。(休みの日に支店を訪れる……それも楽しい気分で。ほんと昭和の良き日々よ)
さー。
渋谷店に入店!
まいどー!!!

中から先輩の同期が
なつかしーわー! その挨拶ーーー!
と、出てこられました。
「え、毎度!って言わないんですか?」
「うん」
「ほな、なんて言うんですか?」
「『こんにちは』って言うねん……」
ほんと、吹きましたわ!
( ̄▽ ̄)
日本の挨拶の基本ですよね。
やーもー忘れがたいです!
ワタクシは大阪生まれの大阪育ちですんで、「日本」をわかってなかったんですね……。
説明します。
大阪弁の中には、例えば「おおきに」のように、もはや今は日常使わなくなってしまった言葉もあるのですけれども。
しかし、商売で使ういくつかの言葉は、昭和の終わりごろもまだ生きておりまして、その中の一つの言葉が
まいど!
でした。
ワタクシの就職先は大阪生まれの企業でして、社員同士の挨拶は「まいど!」でした。
取引先の人が来ても、例えば週に1回くらいルーティーンでくる方とかだと挨拶は
まいど!
でした。
今でもそうかな?
まあともかく。
つくば万博の印象は薄かったのですが、井の中の蛙であった自分の
「目から鱗」
はあったというわけ。
日本人同士が日中に会う際の挨拶は
こんにちは
である。
関東では、商売人同士が日中に会っても
まいど
とは言わない。
という「日本の常識」を学びました……。
仔羊おばさん