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長年のワーキングマザー経験から綴る今

万博思い出話①1970大阪万博で私は悟った!

大阪・関西万博2025が始まり、3週間あまり過ぎましたね。

ワタクシは、この万博に一人でも多くの、特に子供たち学生さんたちに来てもらいたいと思っています。

ワタクシは前回の1970年大阪万博開催時、8歳の小学生でした。

1970EXPOのインパクトは、今回の2025EXPOと比べたら、5倍はあったんじゃないかと思うくらい、それはもうすんごいインパクトでした。

それこそ列、列、行列の時代でしたね。

チケット(電子チケットじゃなくて紙チケット)の時代。

USJもなく、ディズニーランドもない。あるのは遊園地とかデパートの屋上。

庶民は外国人に会ったことはほとんどなかったんじゃないかな。

少なくともワタクシは大阪生まれの大阪育ちだけど、なかったですよ。

在日韓国・朝鮮人はいたけど、差別を避けて日本名を名乗っていたから、日本語を母語として育っている限り、同じクラスにいても外国人と意識することはありませんでしたしね。

そんな中で大量の外国人がやってくるだとか、海外パビリオンがあるだとか、そんなのだけで、すごいインパクトでした。

今思えば、そういやジェットコースターとかがある、アミューズメントパーク的なエリアと、いわゆる「万博」の核になるようなパビリオンのあるエリアがあったなあ……

とか、「日本庭園」のエリアがあったよなあ(竹林だけが脳裏に残っている)とか思い出すこともいろいろある。

 

なぜ、子供たちに万博に来てほしいか?

それは、パビリオンの「展示」は映像や書籍や図で学んだり知ったりするのとは根本的に違うから。

1970万博の「太陽の塔」の内部の展示は、「生物の進化史」だったんだけど、アメーバから始まって、三葉虫とか恐竜とか、人類の出現に至るまでの展示、下からどんどん登っていくにつれて、その進化が映像、音も含めて展示されていたのだけど、その後の人生で、生物の進化を勉強した時には必ずその展示が頭に浮かんだもんな。

結局、「体感」した知識ってほかのモノとは決定的に違うのよ。

 

万博では、展示や見せ方に「アート」の要素が入ってくるから、染み入るように過去も未来社会も外国の「一度は見てみたい風景」も現代化の様子も、グローバリズムも世界の言語も体感できるんですよね。

まあ、それが実体験としてあるから、子供や学生さんに来ていただきたいというわけです。

まあ、真面目な話はそこまでにして、です。

1970大阪万博の目玉はアメリカ館の「月の石」。

ええ、ええ!

8歳のワタクシも並んだんですよ。

長い長い列に。

2時間待ち~4時間待ちだったんです。

ワタクシは2時間以上3時間未満待ちました。

親、弟も一緒だったと思う。

たぶん途中で寝ちゃったと思います。とにかく並びました。

今、病床の母ともそのことを話したら、母は妹をみごもっていて、それでもその列に並んでいたそうです。

( ゚Д゚)

忘れとった!

 

で、並んで並んでようやっと見た「月の石」

月の石 に対する画像結果

これは再展示の画像。

さてワタクシ、8歳のワタクシ、純粋無垢だったワタクシ、月の石を見て、思いました。

何これ、大和川の石と何も変わらんやん!

大和川(やまとがわ)」は、大阪市の南端を東西に流れる河川です。

ワタクシにとって最も身近だった川。

そうです。

ワタクシは悟ったのです!

石は石である。

石は、どこの石でも石である。

ことを。

何らの感動も覚えませんでした。

これって深い深い、もはや哲学的ともいえる一つの体験だったんですよ。

わかります?

 

ですので、今回の2025万博でも、月の石だの火星の石だの、月の砂だの展示があるわけなんですけど、

けっ!

そんなもんには騙されないぞ!

が、正直な気持ちでした。

この体験のおかげか、その後の人生でも

〇〇の石

(幸運の石とか金運どうのこうのの石とか)には冷淡なまなざししか向けたことはありません。

そのせいかどうか、ジュエリーなんかにも興味はほぼ持ったことがなかったです。

 

石は石なんです。

偽物を置いていたって誰にもわかんないし、いやもうほんと、そこらに転がってる石と、何がどう違うとかないんですよ。

( ̄ー ̄)

悟り。

 

まあ、一つのエピソードですね。

1970大阪万博については、小ネタがもう一個あるので、それはまた次回のブログに書きたいと思います。

 

仔羊おばさん