先週の終わり、出身母校(高校)の会報が届いた。
ワタクシの母校は私立の女子校で、中学・高校・短大があった。
ワタクシが高校3年の時、担任の先生は国語の先生だった。当時で何歳だったのかなあ。40代後半?50代前半?くらいだったかな。
女の先生で、そう、御多分にもれず怖い先生の一人であった。
先生は大卒だったけど、先生の時代で大学に進学する女性はそう多くなかった。まして関西から東京の大学に進学する人は少なかった。
先生は日本女子大学卒。上京する時の気持ちとか緊張、ワクワク感を話してくれた。
私の高校は一クラス大体50~54人くらいいた。
今なら考えられないくらい人数多いね。よほど私たちは大人しかったのかな?
先生は国語の先生。
毎晩必ず寝る前に本を読むそうで、読んだ本とか紹介してくれた。
そして、本を読みたかったら貸してあげるよ……って言ってくれて、私は読みたかったから先生に本を借りた。
私のほかに本を借りてる学生は1人くらいしかいなかったと思う。
中で一番印象に残っている1冊は大佛次郎賞受賞の堀田善衛『ゴヤ』
画家・ゴヤの描いた諸作を論じたなかなか濃い内容の評論。
高校生であんなのを読んだんだと思うと、自分も大したやつだと思う。
すごいやん。4巻セットやて。そんなに長かったかな。
私は実は、その担任の先生とずーっと年賀状のやりとりをしていた。すごいな、昔って担任の先生の住所とか教えてもらったんだな。
同じ大阪市内に住んでおられたんだけど、おうちにお邪魔したこととかはない。
でも年賀状だけは 毎年やりとりをしていて、ここ10年くらいは先生は施設に入居、2年前には「もう年賀状はやめます」ってお知らせになった。それでも私がしつこく年賀状を出したら、先生は手紙をくれた。きっと施設の方が口述でパソコンで打って印刷してくれたんだと思う。
先生は、懇談で学校に来た私の母のこともよく覚えていてくれて、母がかぶっていた帽子の話とか賀状に書いてくれた。
もう本当に先は長くないとわかっていた。
一度くらい会いに行こうかと思った。
でも、会いに行かなかったのは、仕事が忙しかったからだけじゃなく、先生の若い頃の面影をそのまま脳裏に焼き付けておきたかったからでもある。
いつまでも先生は「先生」。
あの、怒鳴ると怖くて、でもにこにこ笑う時もある先生。
私を「ゴヤ」みたいなディープな作品に触れさせてくれた先生。
今回の学校の会報で、その先生が4月に亡くなられていたことを知った。
あー先生は、今年の4月に亡くなられたんだな……
もしかしてコロナが関係あったかな……でももう90代にさしかかってはったから……
それを知った次の日の早朝散歩。
先生は天国に旅立ったんだから、神様に感謝した。
でも、やっぱり寂しくて涙が流れた。
先生、ありがとう。
<(_ _)>
私はもうちょっと地上でがんばるね。
仔羊おばさん